絲山秋子の「ベル・エポック」(4)―女の友情はハムより薄いか?
(※いきなりここへ来てしまった方は,できればこのシリーズ最初の記事へ。)
「女同士の友情」の本音?
「友だち以上,親友未満。」という記事を書きましたが,「Twitterで暴露されている女性の本音」というところでこんなつぶやきを見つけました。■「女同士の友情」の本音■ 女の友情はハムより薄い。 (gow1008 GOW!) 女性同士の関係は「友情」というより「連帯」なのです。 だから連帯するべき共通項がなくなると、普通に連帯はなくなります。 それが男性には「女の友情はもろい」と映るんだろうけど、 女にとっては当たり前のことだから、「え?何?」ってカンジ。 (hayakogoto 後藤羽矢子)みちかちゃんと「私」の「女同士の友情」は,こうしたつぶやきの枠内にあるのでしょうか。
いろいろな可能性があり得るわけですが,スロー・リーディングらしく,少し遠回りして読み筋を確認してみます。
「独特の距離感」という記事の最後に,こんな疑問を掲げておきました。
いったいなぜみちかちゃんは,段ボールのフタを開けっぱなしにして「車とってくるから」と言って部屋を出たのでしょう。 「私」が「何も言わずに新しい暮らしの最初の段ボール箱を持って部屋を出た」のはどういう心理からなのでしょうか。 みちかちゃんが「玄関から部屋を振り返った」のはなぜなのでしょうか。とりあえずここでは,一番目の疑問について記しておきます。
引っ越しのためのみちかちゃんの荷造りは,2時50分に引っ越し業者がやって来た頃には,ほとんど終わっていたと考えられます。
冷蔵庫をはじめとする大型の家財道具と,段ボール箱に詰め込まれた小物類が,手際よくすべて運び出され,部屋に残ったのはおそらく,みちかちゃんの手回り品を入れたバッグを含めたほんのわずかな物品だけだったはずです。
そして2人は部屋をきれいに掃除して,お茶を飲みながらババロアを食べ,名残を惜しみながらも別れの時が来たことを自覚します。
ポットに残ったお茶の葉を捨てた。カップとスプーンとやかんを洗って、みちかちゃんはきちんと拭いてから一つだけ残してあった段ボールに入れた。それから、車とってくるから、と言って部屋を出た。車をとってくるのですから,もうみちかちゃんは出発です。
そして最後の段ボール箱に最後の家財道具を入れたわけです。
なぜみちかちゃんは段ボール箱を部屋から持ち出さないのでしょうか。
しかも,なぜみちかちゃんは,食器類を洗って段ボール箱に入れた後,ガムテープで封をしなかったのでしょうか。
「でも、行かなくちゃね」と言って立ち上がり,食器類を「きちんと拭いてから」段ボール箱に入れたぐらいですから,そのままフタをして運び出してしまった方が,物事の流れとして自然です。
ところが,フタを開けたままの段ボール箱と「私」を置きざりにして,自分だけ部屋の外に出て行くのです。
「私」(=典ちゃん)に気づいてほしかったからではないでしょうか。
つまり,「実家に帰る」というウソに気づいてほしくて,わざとトイレットペーパーやカーテンが入った段ボール箱を,封をしないまま部屋に残したのではないかということです。
少なくとも「私」は,みちかちゃんがわざと封をしないで段ボール箱を置きざりにしたのではないかと考えているフシがあります。
「車の音がして、みちかちゃんが上がって来たので私は何も言わずに新しい暮らしの最初の段ボール箱を持って部屋を出た」と書いてあるところから,それは読み取れます。
「上がって来た‘ので’」というところがミソです。
だからこそ,「みちかちゃんが管理人にカギを返しに行っている間に、私はマンションの前に停まっているワゴン車の大きな荷室に段ボールを積んだ」のです。
気づいてほしいというみちかちゃんのメッセージに気づきながら,いや,気づいたからこそ「私」は,みちかちゃんのメッセージ(=フタを開けたままの段ボール箱)を消去したわけです。
だとすれば,まさに「女の友情はハムより薄い」ということになるわけですが,果たしてそう考えるべきか否か,“男”として生まれ育った私には,にわかには判断しかねるところがあります。